世界標準が過去の正解を捨てた。PMBOK第8版の「自己否定と進化」から我々が学ぶべきこと

2026/06/11

20263月4日、SHIFTが手がける技術イベント「SHIFT EVOLVE」において「チームプロジェクトマネジメントとPMBOK第8版(Agile in Motion vol.6)」と題したセッションを開催しました。  

品質にこだわってきたSHIFTならではの目線で、アジャイルに長年携わってきたゲストを招き、アジャイルの神髄に迫るという本シリーズ。今回は、AIアジャイル開発部 アジャイルエバンジェリスト  渡会 健が登壇したセッションをレポートします。 

プロジェクトマネジメントの体系的な知識をまとめた「PMBOK®ガイド」。その第8版の英語版が2025年11月にリリースされ、日本語版が2026年4月にリリースされました。 

PMBOK=ウォーターフォール開発専用の古くて重たい辞書というイメージは、もはや過去のもの。原理・原則に寄りすぎたともいえる第7版によって起きた“現場の大混乱”を経て、第8版は「理想と現実のベストミックス」へとたどり着きました。 

本記事では、PMBOKの歴史的な変遷と最新版の全貌に迫ります。変化の激しい時代において、我々自身が過去の常識にとらわれず、つねにアップデートしつづけるべきだというメッセージにつながる、熱量の高いセッションをお届けします。 

同日に行われた株式会社レッドジャーニー システムリデザイナー 森實 繁樹 氏単独のセッション、森實氏と渡会の対談セッションのイベントレポートも、ぜひご一読ください。 

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  • AIアジャイル開発部 アジャイルエバンジェリスト 渡会 健

    2025年、株式会社SHIFTに入社し、Customer Quality Agileを掲げて日々活動中。キャリア前半をPM畑で過ごした後、2008年に40代でアジャイルに出会ってからは、10年程受託開発で20件近くの実践を積み、その後コーチやコンサルとして50件以上の支援を行うなど、17年で70案件以上の多種多様な実践経験をつ。マネジメント(≠PM)の力を信じ、その経験を活かしながら、一般社団法人PMI日本支部アジャイル研究会代表、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)アジャイルWG構成員等を歴任し、マネジメント視点と現場視点の両軸からアジャイル領域に貢献。 PMI日本フォーラム2025 優秀講演第6位(52講演中)。

ITプロジェクトに限らない。PMBOKが担う、本来の役割とは

「PMBOKはIT専用」と思われがちなのですが、これは大きな誤解です。 

そもそもPMBOKとは、全世界で約75万人の会員を擁するプロジェクトマネジメント専門の非営利団体であるPMIが、さまざまな産業のプロジェクトマネジメントに関するノウハウを取り入れて体系化した知識体系(Body of Knowledge)です。 

そのPMBOKが定義するプロジェクトとは、「独自のプロダクト、サービス、所産を創造するために実施される有期的な業務」を指します。

つまり、明確な期間(有期性)があり、これまでにない新しいものをつくる(独自性)という条件を満たせば、すべてがプロジェクトに該当するのです。 

ITシステムの開発はもちろんのこと、新型ワクチンの開発、ジェット機の設計、さらには書籍の出版でさえもプロジェクトに含まれます。

実際に、私がPMPを取得した2005年頃には、PMI日本支部の会員の約3割を建築業界の人が占めていた時期もあったほどです。 PMBOKは決してIT専用の枠組みではありません。 

それにもかかわらず、なぜ今日において「IT業界のウォーターフォール開発専用のルールブック」という偏ったイメージが定着してしまったのでしょうか。その理由は、過去の歴史的背景にあります。

2001年に「アジャイルソフトウェア開発宣言」が出されたものの、2014年2月にPMBOK第5版が出版された当時も、世の中の大半のプロジェクトは依然としてウォーターフォール型で進行していました。 

PMBOKは実務の基盤であるため、当時の主流であったウォーターフォールを中心に記述せざるを得ませんでした。この第5版までのイメージが、いまでも多くの人の頭に強く残っているのです。 

しかし時代が変わりはじめて、PMBOK第6版でアジャイル(適応型)に関する記載と、さらに副読本のような扱いでアジャイル実務ガイドも別冊で出ました。

その後、第7版以降、現在は「アジャイルか、ウォーターフォール(予測型)か」という二元論は崩れ去っています。 

というのも、PMBOKは本来、特定のアプローチに縛られず、プロジェクトを成功に導くための方針やルール、ツールを提供する基盤だからです。

手法に囚われることなく、目の前のプロジェクトの特性にあわせて最適な開発アプローチを選択することこそが、本来のPMBOKが意図する正しいマネジメントのあり方なのです。 

「指示待ちを生む辞書」からの脱却と、第7版が生んだ現場とのギャップ

もう少し詳しく改訂の変遷を紐解いてみます。 

第6版までのPMBOKは、「5つのプロセス群」と「10の知識エリア」を掛けあわせた「49のプロセス」から成り立っていました。

インプット、ツールと技法、アウトプットが事細かに記された、辞書のような分厚い体系です。

この時代は、設計書やテスト仕様書といった成果物をいかにスケジュールや予算通りにつくるかが重視されていました。

実は当時から「プロジェクトに合わせてプロセスをテーラリングすること」は推奨されていましたが、あくまで考慮事項として控えめに書かれているにすぎませんでした。  

それが現場のエンジニアに「指示通りに49のプロセスを守っていればいい」という思考停止を生み出すことにもつながったんです。 

※プロジェクトの特性にあわせて手法やプロセスを最適化すること。

こうした限界を打破すべく、第7版ではプロジェクトマネジメントの歴史に残る大転換が図られました。最大のポイントは「成果物重視」から「価値(アウトカム)重視」へのパラダイムシフトです。

いわれたものをただつくるのではなく、「つくったシステムがユーザーに使われ、課題が解決してはじめて価値が生まれる」というプロジェクトの本質に立ち返ったのです。

具体的には、思考停止の要因となっていたプロセスを単に廃止したのではなく、頻繁に変わる具体的な手法やノウハウを「PMIstandards+」というWeb側に移行することで書籍の内容をスリム化し、揺るがない普遍的な「12の原則」のみを提示しました。 

あわせて単なる知識の集合体であった10の知識エリアも、行動原理にあわせて「8つのパフォーマンス領域」へ変わっています。  

これは、「マップ通りに動いていればよかった」これまでのやり方から脱却し、「用意された材料から自分たちで選び、プロジェクトにあわせて自律的にテーラリングしなさい」という、極めて理想的で素晴らしいメッセージだと私は捉えています。 

しかし、この理想的な大転換は、皮肉にも現場に大混乱をもたらしました。 

「自分で考えてテーラリングしてください」と自由を与えられた結果、これまで明確なレールに乗って進んできたPMたちが、「一体どうやってプロジェクトを進めればいいのか」と迷子になってしまったのです。 

抽象度が高くなりすぎたがゆえに、具体的な拠り所を失い、途方に暮れる現場が世界中で続出しました。

理想を追求するあまり、現場の実務との間に大きなギャップが生まれてしまったのです。 

理想と現実のベストミックス。第8版が示した「プロセス復活」の真意

現場の声を受け、いよいよ登場したのが第8版です。第8版は、第7版で生じた現場の混乱を救済しつつ、本質的なよさをさらに磨き上げた「理想と現実のベストミックス」といえます。 

時計の針を逆回しにして、第6版の辞書的なルールに戻したわけでは決してありません。

第7版が打ち立てた「価値重視」の哲学や、「自分たちでテーラリングする」という自律的なスタンスは、PMBOKの新たな核としてしっかりと引き継がれています。 

そして第7版で行動規範として掲げられた「12の原則」は、第8版において6つの原則へと整理・集約されました。

具体的には、「価値主導」「オーナーシップ」「能動的」といった分野ごとにわけられ、プロジェクトにおいてどのように振る舞うべきかという指針として再定義されています。 

さらに、現場への最大の救済措置として、「立ち上げ・計画・実行・監視コントロール・終結」という5つのプロセスが復活しました。重要なのは、これがウォーターフォール専用ではないという点です。 

例えば、スクラムに当てはめてみましょう。「立ち上げ」はスプリントゼロ、「計画」は毎週のスプリントプランニング、「実行」は日々の開発タスク、「監視コントロール」はデイリースクラム、そして「終結」はスプリントレビューやふりかえりに合致するのです。

プロセスを復活させつつも、あらゆる手法に適用できる柔軟性を確保しています。 

さらに、かつての10の知識エリアは時代にあわせて再整備され、新たな「7つのドメイン」として生まれ変わりました。

例えば、統合は「ガバナンス」へ、コストはプロジェクト単体の枠を超えて「ファイナンス」へと、より広義でビジネスの核心に迫る概念へとアップデートされています。 

プロセスも40個にスリム化され、インプット、ツールと技法、アウトプットの構成が復活しました。

しかし、それはかつてのような「これを絶対に行え」という命令ではなく、自律的なテーラリングを行うための「実用的なカタログ」として再構築されています。 

アジャイルか、ウォーターフォールか。二元論を脱却し、自分自身をアップデートせよ

第8版の全貌から明確に見えてくるのは、「アジャイルかウォーターフォールか」という不毛な二元論からの脱却です。 

どちらの手法が優れているかを議論する時代は終わりました。目の前のプロジェクトの特性やお客様のビジネス環境にあわせて、これらを自在に組みあわせる「ハイブリッド」の視点が不可欠です。 

これからのPMが本質的な価値を生み出すためには、モデル・方法・作成物というパーツを使い、最適なプロセスを柔軟に組み立てることが求められます。 

さらに第8版では、時代の変化を捉え、付録としてAIに関する言及が追加されています。

このようにつねに世の中の動向に敏感に反応しつづける姿から私たちが学ぶべきは、最新の機能やプロセスそのものではなく、PMBOKという世界標準が示した姿勢です。 

世界中のプロジェクトの動向や多様性に敏感に反応し、時には49のプロセスといった過去に打ち立てた体系を捨て去るなど、揺り戻しを経験しながらも、決して進化を止めることはありませんでした。 

世界標準でさえ、これほどのスピードと自己否定を伴う柔軟性をもって自己変革を遂げているのです。

我々エンジニアやPMも、過去の成功体験や資格取得時の古い知識にしがみついていてはいけません。 

「昔はこうだった」「この手法が一番だ」と固執することは、変化の激しい現代において致命的なリスクとなります。

PMBOKが絶えず進化しているように、我々自身もつねに知識とスキルをアップデートし、状況にあわせて自らを変化させつづける必要があります。 

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―――さまざまなテーマでイベントを開催中のSHIFT EVOLVE。次回以降もぜひお楽しみに。 

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(※本記事の内容および取材対象者の所属は、イベント開催当時のものです) 



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