SHIFT×CNIA×DASA Japan 共催イベント 登壇レポート
AIによって実装やテストの負荷が大幅に削減され、開発生産性が飛躍的に高まる一方で、次なる課題が浮上しています。
それは、AIの圧倒的な生成スピードに対して、「本当に価値あるものは何か」「このアウトプットはビジネスとして正しいのか」を人間が判断するスピードが追いつかないという現象です。
絶え間なく提示される選択肢に人間が追われる「AI疲れ」を感じる声が増え、開発プロセスにおける最大のボトルネックは、実装よりも意思決定に移りつつあります。
本記事では、2026年4月24日にSHIFT、一般社団法人クラウドネイティブイノベーターズ協会(CNIA)、DASA Japanの三社が共催したイベント「Agentic AI × Platform Engineering で変わる開発現場」に登壇したSHIFTのAIアジャイル開発部 アジャイルコーチ 船橋 篤史の発表内容をレポート。
人が正しい価値判断に集中するための4つの柱と、個人の限界を超えて組織全体の意思決定をデータと技術で強力に支えるエンジニアリング基盤について解説します。
その先に目指すべきは、組織における学習率の最大化と語る点にもご注目ください。
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AIアジャイル開発部 アジャイルコーチ 船橋 篤史
SES企業やソフトウェアベンダーでの保守開発や自社サービスの開発、スクラムマスター、SREなどの経験を経て、2020年8月にSHIFT入社。入社直後からアジャイルコーチやQAリードエンジニアなどのロールで各種プロジェクトに参画。2021年9月からはグループ長としてグループ管理を担いつつ、お客様のアジャイルチーム化を総合的に支援・マネジメントしている。
AIによる開発の高速化と、意思決定という新たなボトルネック
いまや多くの現場でAIを用いたコーディングがあたり前になりました。かつてエンジニアが手作業で書き、デバッグしていたコードの大部分をAIが瞬時に生成してくれます。
実装やテストにかかる負荷はかつてないほど低下しました。重要なのは、この生産性の劇的な向上は開発現場だけにとどまらず、プロダクトマネジメントの分野にも起きているということです。
「Agentic Everywhere」という言葉が示すように、AIによる効率化の波はコーディングという枠を大きく越え、さらにあらゆる業務領域へと波及しています。
しかしあらゆるタスク実行がAIに委ねられ、超高速で処理される流れが加速した結果、新たな問題が顕在化しはじめました。それが「AI疲れ」です。
AIによって短時間でプロトタイプや提案を生成できる一方で、それらを「本当にリリースしてよいか」「ビジネス的な価値があるか」を判断するのは人間の役割です。
つまり人間の意思決定速度が追いつかず、確認や判断に追われる現場が疲弊してしまうのです。
これは、システム開発におけるボトルネックが、もはや実装ではなく意思決定へと移行したことを意味しています。
AI時代にPdMが本来の役割へ回帰するための「4つの柱」
意思決定が最大のボトルネックとなったいま、プロダクトマネージャー(PdM)に求められる役割も大きく変える必要があります。
これまで、日本の多くの現場ではPdMとプロジェクトマネージャー(PM)との境界があいまいであり、PdMは要件定義の作成やステークホルダーとの調整、進行管理といった業務に多くの時間を奪われてきました。
しかし、AIがこれらのタスクを支援してくれるようになったことで、PdMは本来の役割に回帰することが可能になったのです。
具体的には、企画・戦略フェーズではAIをシニアリサーチャーのように競合分析や市場調査に活用し、実行・検証フェーズではプロトタイプ作成やABテストのデータ分析を任せるといった具合です。
このように業務サイクル全体をAIに支援させることで、PdMは「本当に価値あるプロダクトは何かを判断すること」、つまり事業判断という、本来あるべき役割に集中できるようになるのです。

一方で、AIが超高速でプロトタイプやレポートを生成しつづけることは、人間側が常に判断を迫られるという新たなリスクも生んでいます。
AI時代において、PdMが質の高い意思決定を下すためには、次に説明する4つの柱を意識する必要があると考えています。それぞれを詳しく説明しましょう。
起点となる1つ目の柱があり、そのほかの「3つの検証ループ」を最速で回しつづけ、学びを次の投資へ還元していくイメージをもちながら聞いていただければと思います。

1. 投資最適化(選球眼の強化)
解像度の低い指示でも、AIを使えば数時間でプロトタイプができてしまう時代です。
だからこそ、「つくれるからつくる」という安易な機能実装の量産を防ぎ、事業価値に結びつくものだけを厳選する「選球眼」がPdMには不可欠です。
2. アジリティの解放
開発生産性が10倍になっても、「リリースの承認は月1回の会議で」という従来の承認プロセスのままでは期待した効果を得にくい可能性があります。
経営層やステークホルダーを巻き込み、組織全体の意思決定プロセスを開発スピードと同期させる舵取りが求められます。
3. 経営リスクの遮断
AIは自信満々にもっともらしい嘘(ハルシネーション)を出力することがあります。したがって、その結果を鵜呑みにせず、内容の妥当性を見極めることが重要です。
出力された結果が自社のビジョンに合致しているか、ビジネス上適切なのかを最終確認し、リスクを遮断するのは人間の重要な役割です。最終的な判断と責任は人間が担う必要があります。
4. 競争優位性の構築
独自の価値をいかに生み出すかは、AI時代においてもっとも重要なポイントといえます。AIは膨大な一般的なデータを学習しているため、そこから導き出されるのは平均的で無難な正解になりがちです。
一般的な情報から「売れそうなもの」をつくることは得意ですが、それだけでは他社との差別化は図れませんよね。
汎用的なAIの回答を超えて真の価値を生み出すためには、現場特有の深いドメイン知識やユーザーへの理解、そして自社の理念という「人間ならではの文脈」を掛け合わせる必要があります。
こうした要素が、模倣困難な競争優位性の源泉の一つになります。
PdMの意思決定の生命線となる「エンジニアリング基盤」
本来の役割に回帰できるとはいえ、PdM個人がAIをうまく使えたとしても孤軍奮闘するだけではAI疲れからは逃れられません。局所最適ではなく、全体最適の視点で組織として基盤をつくることが大事だと私は考えています。

事業判断のスピードと精度を根本から引き上げるには、組織全体で事業判断を支えるシステム、すなわちエンジニアリング基盤の構築が不可欠です。
例えばプラットフォームエンジニアリング。彼らはCI/CD、カナリアリリース、フィーチャーフラグといった仕組みを提供します。

これは例えるなら、「開発チームが安全に失敗できる検証用の高速道路」です。この基盤があるからこそ、PdMは躊躇することなく仮説検証のサイクルを回すことができます。
また、SREとの協働も重要です。システムの利用状況やパフォーマンスを高度に可視化することで、迅速な判断が可能になります。
例えば、通常は慎重にならざるを得ない機能停止の判断。
私自身も前職で、「1年かけてつくった機能を誰も使っていないから、半年で提供を停止する」という苦渋の決断をしましたが、データという客観的な裏づけがあれば、スピーディーに下すことができるようになります。
さらに、お客様と直接向きあうCREとの連携は、明確な3つのステップで機能します。
STEP1でAIがお客様の声から真のペインを見出して構造化し、STEP2で同じくAIが分析して文脈を付与・情報加工します。そしてSTEP3でPdMが判断を下す。
このAI・CRE・PdMのリレーにより、「誰も使わない機能をつくる悲劇」を未然に防ぐことができるのです。
最大の競争優位性「組織の学習」をいかに加速させるか
AI時代における真の勝者は、単に開発スピードが速い組織ではありません。
プロダクトマネジメント・事業判断とエンジニアリングが分断されることなく、ワンチームとして掛け合わさり、組織全体の「学習率」を最大化できる組織です。

個人の局所最適ではなく、開発ライフサイクル全体を意識した全体最適をつくること。これこそが、事業の命運を分ける最強のシステムとなります。
では、組織が適切に学習し成長していることを、どのように観測すればよいのでしょうか。
その結果は最終的に、P/LやB/SあるいはROI(投資利益率)やROIC(投下資本利益率)といった定量的なビジネス指標に表れます。
「単に機能を開発した」という単純なアウトプットではなく、それが実際にどれだけ事業の売上や価値に貢献したかが重要になるからです。
もう一つ重要なのが、従業員エンゲージメントといった社内の指標です。
単一の指標に頼るのではなく、各ロールにおける多角的なメトリクスをもち、それらが最終的にビジネス指標にどう繋がっているかを観測しつづけることが求められます。
ボトムアップ×トップダウンで挑む、組織カルチャーの変革
意思決定プロセスを加速させるためには、組織カルチャーそのものの変革が避けられません。特に、階層構造や上意下達が根づいている伝統的な組織において、これを覆すのは容易ではありません。
「これが正解です」という銀の弾丸はまだ見つかっていませんが、効果的なアプローチの1つが出島戦略です。
特定のチーム(出島)で先進的なAI活用とアジャイルな意思決定を実践し、周囲に「自分たちもあんな風にやりたい」と思わせるカルチャーバブルをボトムアップで生み出すのです。
同時に、組織規模が大きくなればボトムアップだけでは限界がきます。この動きに共感し後押ししてくれる経営層を巻き込み、トップダウンでの支援を取りつけることも欠かせません。
トップとボトムで挟んで変えていくオセロのようなアプローチをとることで、組織全体の意思決定プロセスを少しずつ変革していくことができるはずです。
(※本記事の内容および登壇者の所属は、イベント開催当時のものです)