【後編】日本の未来のために、人事の私たちに何ができるだろう  vol.4~ピープルアナリティクスがもつ可能性~

2024/04/17

データを収集し分析した結果を基に、人事の課題解決に向けて意思決定を行う“ピープルアナリティクス”。 

近年注目を集めるこの手法をいちはやく取り入れた企業があります。デジタルマーケティング事業やメディアプラットフォーム事業を展開する「セプテーニグループ」です。 

同社では、20年前から人事データの蓄積を開始。独自の「人材育成方程式」を編み出し、採用活動や人材育成など幅広い場面で活用してきました。2021年には、人事部内に設置されていた「人的資産研究所」を法人化。外部企業に向けた支援も行っています。 

今回は「人的資産研究所」で取締役を務める平岩様をお迎えして対談。後編では、テーマであるピープルアナリティクスの可能性について、企業にとどまらない多角的な観点からお話を伺いました。

【CHRO対談について】
各企業のCHRO・経営陣・人事リーダー陣とともに、次世代の人事のあるべき姿を話しあう連載です。  

生産年齢人口が日に日に減少する日本。組織の成長のためだけでなく企業の枠を超え、「日本の未来のために、人事の私たちに何ができるだろう」そんな問いをベースにした対談で、SHIFTの想いを伝えられたらと考えています。

関連コンテンツ

  • 株式会社人的資産研究所 取締役 平岩 力

    2007年にセプテーニ・ホールディングスへ新卒入社。 人事採用担当、広告営業の経験を経て、2015年に事業会社Septeni Japan社のHRBP部門を立ち上げる。 同時に子会社であるFLINTERS社の取締役を兼務し、採用・人事制度まわりを管掌。 2022年1月より株式会社人的資産研究所へ参画取締役として事業全体を管掌している共著に『トップ企業の人材育成力』

  • 株式会社SHIFT 上席執行役員 兼 人事本部 本部長 菅原 要介

    慶応義塾大学大学院 理工学研究科修了。株式会社インクス(現:SOLIZE株式会社)に新卒入社し製造業コンサルティングを経験後、2008SHIFTに参画。品質保証事業を本格化する折に、大手Web制作会社QA部隊の組織化コンサルを手がける。その後、新規事業の立ち上げを経て、ビジネストランスフォーメーション事業本部全体の統轄に加え、採用・人事施策・人材マネジメントなど、SHIFTグループ全体の人事領域を管掌している。

目次

オンボーディングは、「活躍人材を増やす」最高の方策

菅原:あらためて、セプテーニグループがオンボーディングに注力する理由についてお聞かせいただけますか? 

平岩:一人ひとりの持続的な成長が、会社の成長にもつながることがはっきりとわかっているからです。では持続的な成長をどう測り、可視化するか。

会社や部署を超え“仕事で関わったひと”がお互いに評価をし、そのスコアが能力評価として人事考課に組み込まれる「360度マルチサーベイ」については前編でお話ししました。

それとは別に、新規入社者の1~2年目向けには「ピアレビュー」という、職場での適応やOJTの状態を可視化するサーベイを用いています。

ピアは同僚という意味で、仕事で関わった同僚や上司などから3ヶ月に1度、評価とフィードバックを受ける仕組みです。(5人以上からの回答を推奨しています)

サーベイの項目の一つに、0~10の11段階で他者への推奨意向を問う「NPS®」を入れているのですが、結果を検証していくと、数年後にハイパフォーマーとなった従業員の共通点に気づきました。

入社1年以内にNPSのスコアが8以上の評価を受けた従業員は、その後も持続的な成長を遂げる傾向にあるんです。

たとえば、1年目で8以上の評価をうけた(オンボーディングが上手くいった)営業担当Aと、8未満の評価を受けた同担当Bがいるとします。

業績をみると、1年目終了時点では両者に大きな差はありません。しかし、3年後の業績はAがBの約3倍になっている。また、離職率もAはBの約半分の割合でした。こういった実証研究データが多数確認できています。

こうした事実から、入社後1~2年の適応期において「NPSのスコアが8以上の人をどれだけ増やすか」が、私たちのオンボーディングにおけるKPIの一つとなりました。

菅原:御社ではKPIを達成するために具体的にはどんなことに留意しているんですか?

平岩:まずは初期配属を丁寧に行うことです。本人の希望や業務内容を加味したうえで、チームやトレーナー(OJT担当)との相性をデータで分析したうえで配属先を決めています。

当社では、FFS理論でいう同質(思考行動特性が似ている)タイプで組み合わせることを重視しています。同質性の高いトレーナーから、仕事の進め方をスムーズに効率よく学ぶことを目指しています。

菅原:もしも、新入社員の評判(NPSのスコア)が思うようにあがらなかった場合は……?

平岩:新卒に関しては配属後の約2年間、1回でもNPSのスコア6未満になった場合はキャリアアドバイザーが面談を実施します。状況を把握したうえでアドバイスを行ったり、異動を検討するケースがあります。

同じ環境でなかなか成長に繋がらないときは、思い切って「環境を変える」ことが有効です。実際に、配置換えをしたことで本来の輝きを取り戻したメンバーもいます。

画像引用元:https://www.septeni-holdings.co.jp/dhrp/guideline/basicpolicy/

菅原:環境って、ものすごく重要な要素なんですね。

ちなみにSHIFTでは「ハイパフォーマー」をシンプルに年収が高い人とみています。

年2回の評価時期には、その人の成果を市場価値に連動させて昇給を提示するんです。だから年収を見ればその人がハイパフォーマーかどうかを判断できる。

SHIFTが評価会議にいかに力をいれているのかはこれまでの記事でも語っているので割愛しますが、年収だけ高くて実力は・・・といった方はSHIFTにはいないはずです。

言い換えれば、メンバーの年収を伸ばせるマネージャーがいいマネージャーということでもありますので、マネジメント研修はもちろん、メンバーからのフィードバック点数が低い(※)場合には人事がサポートする体制にしています。

※毎回評価を終えたタイミングで、上司からのフィードバックや評価内容に納得ができたかを本人に聴取。サーベイをとっている。

従業員一人ひとりの実力を最大化するカギは「人的資本×社会関係資本」 

平岩:もう少しだけ「ピアレビュー」についてお話しさせていただくと、NPSのスコアが8以上になるひとは「現場で評判の良いひと」と評価することができます。

評判の良い新人ほど先輩から手厚い支援が受けられ、よい仕事に恵まれるということがあると思います。さらにいうと、人と人との関係性が資本となる‟社会関係”資本があるからこそ、中長期で活躍できる。

調査や研究を進めるなかで、従業員の個性や能力・スキルや知識など、いわゆる「人的資本」については、企業ごとにまったく異なります。活躍人材のタイプやマネジメントスタイル、組織文化まで、さまざまな違いを感じています。

一方で、「社会関係資本」の高い人ほど成果を上げているという点は、複数社共通のエビデンスとしてあがってきています。周囲との関係構築やつながり、多様なネットワークをもつ評判がいい人ほど活躍しているイメージです。

「社会関係資本」を可視化しながら、「人的資本」とクロスさせ、個の能力と周囲との関係性、ふたつの視点で育成する。それが今後、従業員の実力を最大化するカギになると思っています。

菅原:「社会関係資本」と「人的資本」の相関性が認められるデータはあるんですか?

平岩:社内にはあります。年に1度、感謝のメッセージを送り合うイベントがあり、受け取った数が多いメンバーほど、周囲とのネットワークが強いといえ、業績が高いことがわかっています。

このように「社会関係資本」に関連するアクティビティデータ(組織内での活動内容など)を見ると、例えば離職の可能性なども察知できるかもしれません。

菅原:実は、福利厚生の一環として「まん福」という従業員向けのふるさと納税ポータルサイトを展開しているんですが、利用者に比べ、まったく使ってない人の方が離職率は高いんです。

平岩:その事例は、従業員同士というより、会社と従業員とのつながりを示していますね。

当社でも同様のデータがあります。毎年、会社のスローガン案を社内公募したり、論文コンテストを開催しているんですが、やはりイベントに応募する人ほど辞めにくい傾向にありますね。

経営や人事が「各社のHRの答えを出せる」状態をつくりたい

菅原:これまでピープルアナリティクスにおけるさまざまな取り組みを行ってきた平岩さんですが、今後はどんなことをやっていきたいですか。

平岩:人的資産研究所の一員として、やりたいことは主に3つあります。

まず、労働市場に向けて個別最適化の動きをつくりたいですね。

人材の流動化や人口減少が叫ばれ、多様性を重視する時代だからこそ、一人ひとりに適したキャリアロードマップの提示とそのときどきの育成ソリューションをレコメンドできたらいいなと。イメージとしては「このタイミングでこの経験や学習をすることで成長は加速する」ことを伝えていくような。

菅原:個に向かう流れは、我々の実感値としてありますね。「ヒトログ」も「個々のキャラクターやこれまでの成果を3分で理解する」というコンセプトから生まれているものですし。

平岩:近年では、大手企業を中心に、若手メンバーが「職場がゆるすぎる」という理由で退職するケースが増えてきているようです。働き方改革によって「残業がない」「怒られない(ハラスメントがない)」環境に整備されたのに、皮肉にも「会社に不満はないけれど、ここにいて成長できるか不安」という気持ちが芽生えるようで。

一方で働き方改革が推進される以前は、ハードワークが理由で辞めていく若者が圧倒的に多かったですよね。厳しいだけ、優しいだけではなく、個々に合わせた“ほどよい刺激”が必要だと感じます。

菅原:人口減少のさなか、従業員が辞めずに働きつづけてもらうためにも個別最適化は必至ですね。

平岩さんが今後やりたいこと、2つめは何でしょう。

平岩:「人的資本がLTVにつながる」、つまりHRの取り組みはすべて投資であり、業績の向上や企業の持続的成長につながっているということを資本市場向けに示していきたいです。

菅原:またここでも共通点が(笑)。SHIFTでも従業員を人的資本として捉え、「LTV=在職期間に生み出す利益」を最大化するための投資を行っているんです。エンジニア人数×在職期間×個(売上総利益率)という方程式からLTVを算出しています。

2023年8月期 第4四半期及び通期決算説明会資料(P.37)より引用 

https://contents.xj-storage.jp/xcontents/AS95685/c78f6275/fa1b/4afd/b66d/cb36e369e745/140120231012565935.pdf

平岩:数式にエンジニアの人数が入っているのが特徴的ですね。当社の「人材育成方程式」に当てはめた場合は、エンジニアの技術力がW(仕事)ではなくP(個性)に入る可能性もあると感じました。 

やりたいことの3つめは、経営や人事が「会社として正しいHRの答えを出せる」、そんな状態を目指していけたらいいなと。人事業務は、労務など法律で定められている範疇は各社同一ですが、組織編成や採用、育成方法については、各社の文化によってまったく違います。

それぞれの企業文化に適した、正しいやり方があると思うんです。

人事施策に科学を用いるメリットは、改善を繰り返し再現性を高めていけること、そして答えを導き出せること。経営は洗練して効率化が進み、ひいては将来的な発展にもつながります。

菅原: いまお話しいただいた3つを実現するには、どんな取り組みが必要だと思いますか。

平岩:データ化がむずかしいとされる「社会関係資本(関係性やつながり)」を定義して定量化したり、生成AIなどのさらなる活用も不可欠かと。

例えば1on1での表情から、コンディションを読み取って最適なコミュニケーションをレコメンドするとか。AIが吐き出すデータを、どう整え使っていくかがカギになると思います。

菅原:今回、平岩さんからお話をうかがって、人事資本の研究は個々の企業だけでなく日本全体の経済活性化のためにも不可欠だとあらためて感じました。

本日はお忙しいなか、お時間をいただきありがとうございました。

(※本記事の内容は、取材当時のものです)​ 

この記事のタグ