データを収集し分析した結果を基に、人事の課題解決に向けて意思決定を行う“ピープルアナリティクス”。
近年注目を集めるこの手法をいちはやく取り入れた企業があります。デジタルマーケティング事業やメディアプラットフォーム事業を展開する「セプテーニグループ」です。
同社では、約20年前から人事データの蓄積を開始。独自の「人材育成方程式」を編み出し、採用活動や人材育成など幅広い場面で活用してきました。2021年には、人事部内に設置されていた「人的資産研究所」を法人化。外部企業に向けた支援も行っています。
今回は「人的資産研究所」で取締役を務める平岩 力様をお迎えし、ピープルアナリティクスを取り入れたいSHIFTが、根掘り葉掘り聞いてみました。
前編では、同研究所における活動の経緯や成果、そしてSHIFTが独自開発した人材マネジメントシステム「ヒトログ」に対するご意見も伺います。
【CHRO対談について】
各企業のCHRO・経営陣・人事リーダー陣とともに、次世代の人事のあるべき姿を話しあう連載です。
生産年齢人口が日に日に減少する日本。組織の成長のためだけでなく企業の枠を超え、「日本の未来のために、人事の私たちに何ができるだろう」そんな問いをベースにした対談で、SHIFTの想いを伝えられたらと考えています。
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株式会社人的資産研究所 取締役 平岩 力
2007年にセプテーニ・ホールディングスへ新卒入社。 人事採用担当、広告営業の経験を経て、2015年に事業会社Septeni Japan社のHRBP部門を立ち上げる。 同時に子会社であるFLINTERS社の取締役を兼務し、採用・人事制度まわりを管掌。 2022年1月より株式会社人的資産研究所へ参画。取締役として事業全体を管掌している。共著に『トップ企業の人材育成力』
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株式会社SHIFT 上席執行役員 兼 人事本部 本部長 菅原 要介
慶応義塾大学大学院 理工学研究科修了。株式会社インクス(現:SOLIZE株式会社)に新卒入社し製造業コンサルティングを経験後、2008年SHIFTに参画。品質保証事業を本格化する折に、大手Web制作会社QA部隊の組織化コンサルを手がける。その後、新規事業の立ち上げを経て、ビジネストランスフォーメーション事業本部全体の統轄に加え、採用・人事施策・人材マネジメントなど、SHIFTグループ全体の人事領域を管掌している。
目次
目指したのは「HR版マネーボール」。採用・育成の勝ち筋を、データに見出した
菅原:両社の人事施策には「従業員データの収集」や「FFS理論(※)」の活用など多くの共通項があります。
(※性格とストレスの関係性を理解し、相性や環境を整えながら個々の強みが発揮できる組織をつくるための理論。ヒューマンロジック研究所が提唱)
セプテーニグループがピープルアナリティクスを取り入れたきっかけは何だったのでしょうか。
平岩:当社がインターネット広告事業に参入したのは2000年。以降、市場発展とともに事業拡大をつづけてきた一方で、 新興市場においては即戦力となる人材の獲得競争は熾烈を極めています。
このような事業環境下においては、いかにポテンシャルの高い人材を採用し、効率よく育成するかが企業競争力を大きく左右する要素となります。
その中で、当時のセプテーニグループ役員から出てきたのが「HR版マネーボール」の発想でした。
小説「マネー・ボール」では、資金力のない弱小球団「アスレチックス」のジェネラルマネージャーが、球団運営を刷新するという実話に基づいたストーリーが描かれています。
転換点となったのは、統計学的選手分析「セイバーメトリクス」の導入。「出塁率が高い」「フォアボールをいいタイミングで選べる」など独自の視点で、年俸が低く一見地味な選手を引き抜き育成。徐々に勝率をあげ、やがて黄金時代を築きました。
セプテーニグループで活躍できそうな人材を目利きして、育成できないか──これが、「“人が育つ”を科学する」というコンセプトでピープルアナリティクスに取り組みはじめた動機でした。
最初に行ったのが、「パーソナリティ(FFS理論)とパフォーマンス(業績や評価)」に基づいた従業員データの分析でした。そしてその結果から独自に編み出した「人材育成方程式」がすべての活動の起点になっています。
個性×環境が適合していれば、ひとは現場で“自ずと”育つ
菅原:「人材育成方程式」とは具体的にはどのようなものなのでしょうか?
画像引用元:https://www.septeni-holdings.co.jp/dhrp/guideline/basicpolicy/
平岩:G(成長)=P(個性)×E(環境)[T(チーム)+W(仕事)]、すなわち、個性と環境がマッチしていれば「ひとは現場で自然に育つ」という考え方です。
環境とは、いっしょに働くチームの方との人間関係や仕事内容というイメージです。誰とどんな仕事をするのかという部分をできるだけ個性にフィットさせ、現場で人が育ちやすい構造を作るという考え方を、方程式として定義したものです。
G(成長)は、セプテーニグループの人事評価として長年運用してきたものの一つに「360度マルチサーベイ」という仕組みがありまして、客観的な能力評価を周りの方からスコアで取得しています。
評価者は会社や部署問わずいっしょに仕事をしたことがある人で、グループ平均で1人当たり約20人から評価を得ます。「スコアの平均値が高い=職場での評判が高い」人材と捉え、パフォーマンスや成長の指標として活用しています。
P(個性)、E(環境)は、5つの因子とストレスで数値化するFFS理論をベースに算出。Eに含まれるT(チーム)とW(仕事)は「チームとの相性」や「仕事の種類」などの複数の要素を掛け合わせたアルゴリズムを組み、ベストな人事配置をはじき出しています。
菅原:相性を重視しながら従業員を育てていくということですね。「360度マルチサーベイ」に万が一、悪意ある評価が混じってしまった場合、反映されてしまうものなんですか?
平岩: AIを用いた「信頼度」という独自のロジックに基づき、バイアスを自動補正するアルゴリズムを独自開発しています。
なので、そういった疑わしい恣意的な評価を技術的に補正することは可能です。人事評価には適応していませんが、オンボーディング等の育成目的での評価に活用しています。
「360度マルチサーベイ」をスタートしてから20年以上たちましたが、活用の幅は年々広がっています。
例えば「サーベイのスコアが一定以上はハイパフォーマーである(ローパフォーマーも含め)」という社内の定義を設定したうえで、「ハイパフォーマーたちはどんな個性があり、業績との相関関係はどうだったのか」を別のデータと掛け合わせて解析することも可能です。
項目を一切変えず、定量データとして蓄積してきた成果が、いま、ここにあらわれています。
解像度を高めるために、データを「主観」「客観」「事実」にわけて掛け合わせる
菅原:SHIFTでは「ヒトログ」という独自システムを活用しながら、従業員データを収集・分析しています。
システムを開発した2018年は採用が活発化し、組織が急拡大していた時期。近い将来、従業員が数千、数万人規模になると見越したとき、個々のキャラクターやキャリアビジョン、エンゲージメントなどが即座に把握できるシステムが必要だと考えました。
平岩:「ヒトログ」にはひとり当たり何項目の情報が集積されているんですか?
菅原:450項目です。自己紹介文、労務管理情報、FFS診断結果のほか、「給与」「やりがい」「人間関係」とカテゴリーをわけ、それぞれに関連するデータを記載しています。
アンケートは半年に1度、全員に対して実施。自身の満足度やキャリアビジョンなどを上司がヒアリングしています。
今後は、ある程度たまってきたデータを基に、人事としてどう方程式を立て、活用していくかがポイントになると思っています。平岩さんから「ヒトログ」について、何かアドバイスをいただけるとありがたいのですが。
平岩:活用の目的にもよりますが、まずは情報を「事実」「主観」「客観」の3つにわけ、それぞれを掛け合わせるのがいいと思います。
例えば、主観データのeNPS(※)と客観データである上司からの評価を「高い」「低い」の基準でマトリックスをつくれば、4つのタイプにカテゴリー化できます。
※自社に対する愛着や満足度、働きがいなどを数値化した指標
「会社への愛着もなく、上司からの評価も低い」タイプは、そのままでは辞めてしまう可能性が高いですよね。逆に「会社が好きだし、評価もされている」タイプは、今後も活躍する可能性の高い従業員。
その層に対して「これまでどのような種類のe-ラーニングを受講したか」など事実データを掛け合わせると、理想的な人材のクラスターがあぶり出されます。
菅原:なるほど。事実データを加えると人物像がかなりクリアになりますね。
「キャリアプラン」「理想の将来像」を採用候補者にフィードバック。承諾率が劇的に向上した
菅原:先ほど「HR版マネー・ボール」の話がありましたが、「人材育成方程式」は採用活動にどう活かされているんですか?
平岩:まず採用選考については、人材育成方程式を基にしたデータでの選考を長年つづけていまして、新卒採用では「AIデータ判断+面接1回」といった形で合否の判定を行っています。
ただ、選考における対人コミュニケーションは少なくなるため、学生からすると「面接で何を見て判断したの?」と、ちょっとドライに感じることもあると思いますので、内々定の後、一人ひとりに120ページぐらいのボリュームのキャリアシミュレーションの資料を提示しています。
キャリアシミュレーションでは、個性データ(FFS診断)や選考で得たデータ(履歴書やES、評価等)のデータを基に、入社後の将来像を、一人ひとりにフィードバックしています。
「どのようなキャリアになる可能性があるか」「強みとなるポイントや躓く可能性があるポイント」「より強みを発揮したり躓きを克服、回避するために将来提供する予定のアドバイスやトレーニングプログラムの紹介」といった内容を採用担当が約2~3時間かけて伝えています。
当社で働くイメージが湧くのか、この形式にしてから内定承諾率はかなり向上しました。
菅原:すごく手が込んでいますね。内定者も「こんなに自分のキャリアを考えてくれるんだ」と感激するでしょうね。
SHIFTの場合、FFSは入社時に受けてもらって、本人と上司や同僚がお互いを理解するために役立てています。
自分と相手のコミュニケーションの仕方や癖のようなものがわかっていれば、受け取り方が変わりますし、伝え方も工夫ができますから。
とはいえFFS診断のさらなる活用はこれから……御社のように入社前の活用も検討したいですね。
ちなみに入社後はどんなケアを?
平岩:特に新卒社員に関してはオンボーディングを重要視しながら育成しています。
これまでの実証研究結果から、ハイパフォーマーを育成するポイントは「入社1年以内のオンボーディングの成否にあったんです。
(※本記事の内容は、取材当時のものです)
───後編へつづく