会社のアイデンティティを言語化することで、人が活かされ、組織が変わり、事業が伸びる──ミッション・ビジョン・バリュー(以下、MVV)は、いまや企業にとって欠かせない考え方のひとつとなりました。
一方で、MVVが自社にどう作用するのか、具体的にイメージしにくいという声も少なくありません。これまでSHIFTでは、エンジニアが幸せに働ける環境づくりを目指して、さまざまな人事施策を展開。今後、10万人企業を目指すにあたっては「ONE-SHIFT」としてMVVのような共通言語の浸透にも力を注いでいきたいと考えています。
そのヒントをお伺いすべく、今回は、Chatwork株式会社※CHRO鳶本真章(とびもと まさあき)さんをお迎えして対談。鳶本さんは「ミッションドリブン・マネジメント ~『なんのため?』から人を活かす~」の著者でもあります。
前編では、MVVの考え方とミッション実現のためのさまざまな取り組みについてお話を聞きました。
※2024年7月1日より社名を株式会社kubell(読み:クベル)に変更予定
【CHRO対談について】
各企業のCHRO・経営陣・人事リーダー陣とともに、次世代の人事のあるべき姿を話しあう連載です。
生産年齢人口が日に日に減少する日本。組織の成長のためだけでなく企業の枠を超え、「日本の未来のために、人事の私たちに何ができるだろう」そんな問いをベースにした対談で、SHIFTの想いを伝えられたらと考えています。
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Chatwork株式会社 上級執行役員CHRO 兼 ピープル&ブランド本部長 鳶本 真章
大手自動車メーカーにてマーケティング領域に従事した後、京都大学大学院でのMBA取得を経て、大手外資系コンサルティングファームへ。その後、複数のベンチャー企業での経営支援を経て、2018年に株式会社トリドールホールディングスに入社し、同グループ全体の組織・人事戦略をリード。2019年より、同グループ執行役員CHRO兼経営戦略本部長に就任。2023年10月、Chatwork株式会社上級執行役員CHROに就任。
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株式会社SHIFT 上席執行役員 兼 人事本部 本部長 菅原 要介
慶応義塾大学大学院 理工学研究科修了。株式会社インクス(現:SOLIZE株式会社)に新卒入社し製造業コンサルティングを経験後、2008年SHIFTに参画。品質保証事業を本格化する折に、大手Web制作会社QA部隊の組織化コンサルを手がける。その後、新規事業の立ち上げをへて、ビジネストランスフォーメーション事業本部全体の統轄に加え、採用・人事施策・人材マネジメントなど、SHIFTグループ全体の人事領域を管掌している。
目次
ミッションも人事施策も、まずは“フェアウェイゾーン”を決めることから
菅原:鳶本さんとはじめてお会いしたのは、2018年でしたね。私が人事部を管掌する立場となって、まもないころでした。
鳶本:当時、私はコンサルから、前職である飲食店舗の開発と運営を行う企業グループに転職。はじめて事業会社の一員として、人事に関わりはじめたタイミングでした。事業の現場を経験してから人事責任者についたのが私たちの共通点ですね。
菅原:あれから6年。鳶本さんは2023年10月からChatworkのCHROに就任されました。あらためて人事の仕事についてどう思われますか?
鳶本:実はもともと人事にこだわりはないんです。まず成長させたいと思える会社があって、自分がその成長にコミットできればどんな役割でもいいと思っていて。
一方で、経営を突き詰めていくと人にいきつくのも事実。どういう組織を目指していくべきか、そのためにどんな人材を育成していくのかといったプロセスには興味があります。
菅原:本日の対談テーマであるミッションドリブンは、まさに「言葉」を旗印として人を活かす施策ですよね。
SHIFTではこれまで、あえてMVVを声高に掲げてはこなかったんです。しかし2024年1月現在、グループ会社は37社、グループ全体で従業員は1万人以上になりました。
これからさらに10万人規模の企業を目指すうえで、ミッションなど共通言語をもつことは避けては通れない道だと認識はしていて。
鳶本さんはこれまで、複数の企業で、その企業が目指す姿の言語化や浸透に注力されてきましたが、どんな考えをベースにしていたんですか?
鳶本:私の仕事は全般的に、ゴルフでいう“フェアウェイゾーン”を決めるところからはじまっています。
ミッションに関しては、なぜその言葉にしたのかというロジックはしっかり固めるものの、フェアウェイゾーンの範疇であれば、その解釈は個人にゆだねています。
菅原:つまり、遊びをもたせるということですね。
鳶本:選ぶゴルフクラブはドライバーでもアイアンでもパターでもいい。ただし、OBになるような打ち方はさせないようにする、という感じですね。
私が現在CHROを務めるChatworkには「遊び心を忘れず、チャレンジを楽しもう」というバリューがあります。
チャレンジという言葉が紐づけられているものの、もし“遊び心”という言葉だけを切り取られたら、何やってもいいみたいになっちゃいますよね。それこそフェアウェイゾーンを無視して。
そうなると一人ひとりが向かう方向がわかれ、力が分散されてしまいます。バリューはあくまでも「働くをもっと楽しく、創造的に」というミッションに立脚していることを、浸透させることが大切なんです。
ミッションが最上位。社名変更は「働くをもっと楽しく、創造的に」を実現するため
菅原:Chatworkは、2024年7月に社名変更を控えているとうかがいました。社内だけでなく、社外にもかなりインパクトのある試みだと思うのですが。
鳶本:これもやはり「働くをもっと楽しく、創造的に」というミッション実現のために踏み切ることにしました。
当社では2023年6月から、BPaaS(Business Process as a Service)の仕組みを使った業務プロセス代行サービス「Chatwork アシスタント」をスタートさせました。
ビジネスコミュニケーションのインフラから、世の中の「働く」を支援するプラットフォームへの拡張が加速するこのタイミングで、新たな思いを社名に託し、成長スピードをあげていきたいと考えたんです。
新規事業によって、私たちのビジネスの幅はぐんと広がり、社会的な責任も強まりました。サービスを通して、すべての”働く”人の心に宿る火に、薪を「くべる」存在でありつづけたい。そんな思いが、新社名「kubell」には込められています。
菅原:すべての施策が、ミッション実現に立脚しているわけですね。
鳶本:代表の山本に何か相談すると「ミッションにつながるならやっていいですよ」といわれるぐらい、ものすごく徹底しています(笑)。
3年後の未来組織図を描き、「HRデータドリブンマネジメント」をはじめる狙い
鳶本:いまは3年後の“未来組織図”を描いている最中です。中期経営計画で発表した2026年度の売上高を達成し、ミッションも実現している想定で「どんな組織でありたいか」を定義することで、現状とのギャップがみえてくる。
すると今後、どんなひとを採用すべきか、どういう人材教育をすべきか、その道筋があきらかになるんです。
菅原:たしかに、たくさんの気づきがありそうですね。そもそも未来組織図を書くきっかけは何だったんですか。
鳶本:ここ5年で、当社の取り巻く環境は変わりました。
2019年に上場して戦略ドリブンの会社にシフトチェンジし、その翌年にはコロナ禍。ビジネスチャット市場が活況となり、事業が急成長しました。
事業の成長を“遠心力”と呼んでいるんですが、遠心力が強まると、組織の求心力は弱まる傾向にあると私自身は考えていて。
実際、従業員の半分以上はコロナ以後の入社なんです。リモートワークが中心で、対面で接する機会はほとんどないから、これまで見えていたものが見えにくくなり、雑談も生まれにくくなってしまった。
菅原:そこで、組織を見直す必要が出てきたということですね。
鳶本:そうなんです。“Chatworkらしい組織”にしていかないと、従業員がモチベーション高く働ける、強い会社には成長できないと考えました。だから、3年後、ミッションを実現できている状態の組織を定義することにしたんです。
この未来組織図とあわせてHRデータの活用も進めていく予定です。部署ごとに様々なデータや組織のコンディションをかけあわせ、相関を探ります。
大きなギャップが生じた場合、その部署の何が原因なのか。マネジメントに問題があるのか、それとも職種によるものなのかなど、原因を突き止めていくのが狙いです。
菅原:ミッションドリブンとデータドリブンを同時に行っていくということですね。
鳶本:ミッションドリブンはトップから浸透させていくものですが、データドリブンはボトムからあがってくる、いわば結果です。このふたつをどこでどうマッチさせていくかが、経営であり、人事だと思っています。
(※本記事の内容は、取材当時のものです)
───後編へつづく