技術とビジネスの交差点を探す。PFN代表がみせる経営者、研究者としての顔

2025/06/27

20244月24日SHIFTが手がける技術イベント「SHIFT EVOLVE」において「AIで世界に挑む技術者の旅路(もっと良くなる日本のIT vol.3)」と題したセッションを開催しました。 

アメリカで最先端の技術を開発しながら、SHIFTの技術顧問を務める川口 耕介氏が“いま話したい人”をゲストに迎える本シリーズ。 

今回は、Preferred Networks(PFN)の共同創業者で、代表取締役・最高技術責任者・最高研究責任者である岡野原 大輔氏をお迎えしました。 

深層学習の研究と社会実装で革新的な成果を上げ、PFNを日本最大級のユニコーン企業へと成長させた岡野原氏と、継続的インテグレーションツール「Jenkins」を開発し、ソフトウェア開発に大きな影響を与えた川口耕介氏。

ともに東京大学で学び、在学中から技術革新に取り組んできたお二人が、お互いの旅路を共有しあいながら、最先端技術の開発秘話、起業家精神、そして未来の展望について語り合いました。

本記事では、特に印象深かった箇所をピックアップしてご紹介します。 

  • 株式会社Preferred Networks 共同創業者 代表取締役 最高技術責任者 最高研究責任者 岡野原 大輔 氏

    情報理工学博士。東京大学大学院在学中に、西川徹等とPreferred Infrastructureを創業。2014年に深層学習の実用化を加速するためPreferred Networksを創業。現在は最高技術責任者、最高研究責任者として基盤モデルの研究開発に取り組む。汎用原子レベルシミュレータMatlantisの販売を行うPreferred Computational Chemistry、マルチモーダル基盤モデルの開発を行うPreferred Elementsの代表取締役社長を兼任。受賞歴、著書多数。 

  • 株式会社SHIFT 技術顧問 川口 耕介

    Sun Microsystems在籍中にCIツールの草分けJenkinsを開発。米CloudBeesにてCTOとしてJenkinsや関連サービス・製品の発展・普及を推進。2019年、株式会社SHIFTの技術顧問に就任。2020年、AIを使って自動テストの効果を改善するサービスLaunchableを米国でローンチし、同サービスの日本法人Launchable Japanを立ち。2024年、CloudBeesLaunchable買収に伴い、CloudBeesco-head of AIに就任。

目次

「経営」というドラマのつづきをみたい

川口氏:私と岡野原さんは大学が同じで、岡野原さんと同様に、当時の私も自分の会社を立ちあげました。大学1、2年生ぐらいのときでしょうか。学士で卒業した私は、しばらくその会社に関わっていました。

受託開発をしたり、自分のプロダクトもつくったりして経営を軌道にのせたいと思っていましたが、いま思えば学生のエンジニアが「いいものをつくれば売れるだろう」としか考えていなかったので、うまくいきませんでした。

岡野原氏:その後、アメリカに渡ったんですね。

川口氏:はい。その会社には1年ぐらいで見切りをつけて、アメリカに渡り、Sun Microsystemsというところで働きました。いまとなっては、アメリカに行ったことでキャリアが開かれたと思っています。

この経験にも価値はあるのですが、そのまま経営をつづけていたらどうなっていただろうかとずっと思っていました。

岡野原さんは、PFNの前身となるPreferred Infrastructure(PFI)を立ちあげました。PFNは、いまではユニコーン企業になっていますよね。

私が途中であきらめてしまった経営というドラマのつづきがみたいと思い、本日はお越しいただきました。改めて、どのような旅路だったか教えていただけますか?

岡野原氏:2006年、修士1年のときにPFIを友人6人とともに立ちあげました。PFIが最初に取り扱った製品は、IPA(独立行政法人情報処理推進機構)の「未踏事業」でつくった検索エンジンです。

当時、ちょうどガラケーが人気だったので、検索需要があると踏んで提供しました。その後、特に外部から資金調達をすることはなく、2006~2010年にかけて緩やかに成長させていきました。

川口氏:立ちあげのときは、何を主力事業とするか決めずにスタートしたと聞いたことがあります。

岡野原氏:そうなんです。とがった技術には自信がありましたが、それを世の中が求めているのかということについては知見がありませんでした。

転機になったのは、2010年ごろに某EC企業の方が、「これからはビッグデータだ」と語っていたのを聞いたことです。

その後は、IoTやAI、ディープラーニングなどの技術が登場してきて、この領域でビジネスができるのではないかと考え、PFNを2014年に立ちあげました。

世の中の大きなトレンドにのること、追い風を利用することがスタートアップにとっては重要だと思います。

最初は私自身もよくわからないなかで、さまざまな人と話して、何が求められているのか感度を高めていきました。

経営者に必要な「目利きの力」を育ててきた

川口氏:いまの理系の学生さんたちが、勇気づけられる物語ですよね。岡野原さんは自然言語を研究されてきましたが、「興味」がビジネスになる面白さはありましたか?

岡野原氏:当然ですが、自分たちが得意とする領域と世間のニーズは大きく異なることがあります。

私が専門としていた言語モデルは、当時売り出すにはナンセンスでしたから、自分が強く惹かれる技術と社会や事業に貢献できる技術は、わけて考えました。

ニーズを読めるようになるまで、20年くらいはかかりました。

川口氏:最近は、さまざまな企業と共同開発をされていますよね?

岡野原氏:はい。ディープラーニングの登場とともにそれを活用する方法を模索しました。PFN初期では、自動車や産業用ロボットなど、さまざまな分野に適用できないか考えましたね。

川口氏:新しいプロダクトをつくる際は、資金が必要になりますよね。

資金がないなかでロボティクスや半導体など、いわゆる「アウェイ」の分野に参戦して優秀なエンジニアを割り当てるのは、勇気がいることではないでしょうか。

岡野原氏:アウェイの分野に参戦する流れは、大きく2つあります。1つは、お客様からご相談をいただき、うまくいった製品を世に出す場合。

2つ目は、自分たちで「これなら売れるかもしれない」と思ったものを開発する場合です。

当たり前のことですが、私たちも資金と人的リソースをみながら、開発に取り組んでいます。これまで多様なプロジェクトに関わってきたので、ある程度プロジェクトの成否を見通せるようになりました。

もちろん、すごく面白いアイディアでもビジネスにならなければ「見切る」こともあります。

川口氏:なるほど。ある意味、投資家のように「見通す力」、それによる「見切る力」「踏ん張る力」が必要なんですね。

事業に注力すべきか、それとも撤退すべきか。そういった「目利きの力」はどう手に入れたんですか?

岡野原氏:多くの案件にさまざまな立場で関わった経験がもとになっています。どんな役割で参加するかで頭を使いわけるようになりました。

プレイヤーに近い立場なら何とかしてやり切ろうとし、マネジメントレイヤーで参加するときは、冷静にプロジェクトの成功確率を考え決断することが多いですね。

「正気と狂気」のバランスで経営と投資を繰り返す

川口氏:理系の学生さんは、自分が好きな技術を突き詰めた結果それがビジネスになる、というサクセスストーリーを夢見る傾向にあるのかなと思います。

岡野原氏:私は、むしろ「特定の技術でないと」というこだわりがありません。自然言語処理で博士号を取得して、検索処理でビジネスを立ちあげ、ディープラーニングやAIへと進出している。

扱う技術に変遷があったし、パラレルにやっていると思っています。

川口氏:半導体開発も手がけていますよね。

岡野原氏:そうですね。突然手を出したとみられがちですが、私たちは2016年から半導体開発をはじめていました。PFNとして得た利益を半導体開発に捧げていたんです。

AIが将来的にどう使われたとしても、計算力は求められるし電力は問題になるだろうと思ったので。

いまは「MN-Core™シリーズ 」という深層学習を高速化する、世界最高水準の電力性能(消費電力あたりの演算性能)をもつプロセッサーの第2世代「MN-Core 2」が完成し、さらにその後継機の研究開発をしています。

川口氏:半導体はたしかに需要が見込まれますが、資金繰りの観点からいうと企業の存続がかかっているスタートアップが手を出すのは、かなりチャレンジングなことではないかと思いました。

岡野原氏:経営には、「狂気」と「正気」の両面が必要だと思っていて。合理的に判断するビジネス(=正気)と、うまくいくかわからないものに投資するビジネス(=狂気)。

特に「狂気」に手を出すときは、適当な説明では役員陣は納得しません。出そろってはいないながらも、自身の考えや見通しをつまびらかにする必要があります。

「正気」は短期的な計画を軸に着実に成長させること。「狂気」は5年後や10年後を見通して地道に挑戦しつづけけること。

実際には「正気」のなかにも「狂気」があったりするので、それぞれが綺麗に事業として区切られることはないんですけどね。

研究者としての顔。時間管理の工夫

川口氏:私のなかで、岡野原さんは「研究者としての顔」ももっているなと思っています。そこで、研究者としての活動についてもお聞きしたいです。

岡野原氏:そうですね。社内の研究プロジェクトの多くに関わっていますし、世界中の研究者やエンジニアと交流することで、技術の進化をつねに意識しています。

これはアカデミックではなかなか得られない経験です。「最先端の研究を知っているかどうか」はビジネスにおいても重要な要素ですし、技術のポートフォリオを考える際に役立っています。

川口氏:扱う技術分野にこだわりがない、言い換えると「何に挑戦してもいい」という状態は、「これに手を出してよかったんだろうか」という迷いが生まれませんか?

岡野原氏:そういったときは、中長期的な目線をもって熟考する時間をとるようにしていますね。

川口氏:時間の使い方も工夫しているんですね。そうはいっても、「やらなければならないことだけど、気がのらないな」ということはないんですか?

岡野原氏:私は時間管理を非常に重視しています。朝の時間を利用して集中して判断を伴う業務をこなし、その後はオートマチックにできる仕事をこなすようにしています。

人間は状況が変わると疲れてしまう傾向にあるため、同じような種類のタスクの連続した業務になるよう心がけています。

「正誤」で情報を測らない。必ずアップデートする

川口氏:事業をはじめる際には、理想と実際の世界にはギャップがあり、それを埋められるのが自分たちだというある種の思い込みが必要かなとおもうのですが、実際に岡野原さんが事業をスタートしてみて気づいたことはありますか?

岡野原氏:「事業をはじめる前に考えていることは、たいていが的外れ」ということですかね。どんなに考え抜いたことでも、頭で考えているときより事業を進めてみたときの方が得られる情報量が圧倒的に多い。

聞いていた話とは違う、これがボトルネックになっているなど、得られた情報をもとに事業をアップデートして、その結果むずかしければピボットや撤退を決断する。臨機応変さも重要ですね。

「計画だけ立てても仕方ない」という見方もあるかもしれません。ですが、計画を立てる際には、みなさんさまざまな情報を集めると思います。

たとえ前提が間違った情報が混ざっていたとしても、それらは後から再利用できる可能性があります。

「情報が正か否か」よりも「情報をアップデートする」という視点は必要だと思います。

例えば、ChatGPTが登場する前に「世の中がこう変わる」と予測した5年計画、10年計画は、いまアップデートされていないと変化に追従できないですよね。

川口氏:その通りですね。岡野原さんご自身がさまざまな知見をお持ちだからこそ、臨機応変に対応できるのかなと思いました。

岡野原氏:私自身、見通しを誤ることもあります。特に、昨今の技術は不確実性が多分に含まれますから。

いま振り返ってみれば、「失敗したらどうなるのか」がわかっていなかったから挑戦できた側面があると思います。

むしろ、何かチャレンジするときは初期のほうが失敗しやすいです。はやめに失敗しておけば、そのうち初期の失敗は失敗ではなく経験になっていると思いますよ。

川口氏:その言葉、学生や若い起業家にとって本当に励みになると思います。今日はありがとうございました。

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―――さまざまなテーマでイベントを開催中のSHIFT EVOLVE。次回以降もぜひお楽しみに。 

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(※本記事の内容および取材対象者の所属は、イベント開催当時のものです)